歯ブラシ 1  ショートストーリー 連載1 2/26  by katokato
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 最近ちょっとふしぎな、おもしろいはなしを聞きました。
ある八0ちかい年配の男性の子供の頃の思い出ばなしです。
それはこんな話でした。

 わたしがいまの小学校5年生ぐらいの年でした。
当時は戦争中で、子どものわたしも学徒動員で、ちかくの工場に、はたらきにいっていました。
その工場では何に使うのか大きな鉄板を何枚も作ってはトラックで運んでいました。
大勢の人たちがその鉄板を切ったり、つないだり、穴を開けたりしていました。
そんななかで、子どもの私にできることはあまりありません。
ちょっとしたあとかたずけか、掃除か、たまにたのまれて道具を取りに言ったりしていました。

 ある日、山本将校さんがきて、わたしに命令しました。この工場でも一番偉い人は兵隊さんで、山本将校というひとでした。
山本将校さんは「おまえは今日からこの機械の番をやれ。」といいました。
この機械はドイツ製の大きな機械で、鉄板に自動的に穴を開ける機械でした、最新式で、はじめの始動と、おわりの停止以外はほとんど人手はいりません。ただ、あなをあけるときの切りくずが上から下へと流れてきて、たまにうまく流れず、横にはみだしてきたら、ちかくの大人の人に知らせるという仕事でした。
その切りくずの流れはなにかふしぎな生き物のようでした。上の小さな穴から湧き出してきて、ちょっとした小山をつくり、ありの行列のように下へ下へとゆっくり流れていきます。
 山本将校さんは言いました。「いいか、おまえはけっしてあの山にさわってはいかんぞ。」あの山の中にはキリがあってとても速く回っているそうです。山本将校さんはまた言いました。「あれにさわると、おまえの指があっというまに切れて、飛んでしまうぞ。」
「はい、けっしてあの山にはさわりません。」わたしはいいました。
山本将校さんはまたいいました。「いや、おまえが今そういっても、かならずおまえはさわる。」「いいえ、けっしてさわりません。」とわたしはくり返しました。
山本将校さんはじっと私をみつめて、またいいました。「いいか、かならずおまえはさわりたくなる。そこで、おまえにこの歯ブラシをやるから、いつもこれを持っていて、さわりたくなったらこの歯ブラシでさわれ。」といって、一本の使い古しの歯ブラシを私にわたしました。
 その日から、わたしはその機械の番を続けました。何日かたちましたが、あいかわらず切りくずは上から下へとありの行列のように流れていきましたが、べつにあの小山にさわりたいとは思いませんでした。でも山本将校さんにいわれたとおりに、もらった歯ブラシをいつも右手ににぎっていました。
⇒つづく